こんにちは!
トラオム祝祭管弦楽団総監督の米本です。
今回は2023年7月2日に開催する演奏会のタイトルをお伝えいたします!
いきなり発表しましょう!
辿り着いた傑作
~”らしさ”の探究~
です!
せっかくなので演奏会情報と並べて表記してみましょう。
辿り着いた傑作
~”らしさ”の探究~
ブラームス:大学祝典序曲
スメタナ:連作交響詩『わが祖国』より「モルダウ」
ブラームス:交響曲第4番
2023年7月2日(日)昼公演
豊田市コンサートホール
おぉ~これがタイトルかぁ~
なんかあんまりこういうの見たことない!
というのは私自身も思います。だって普通は演奏会のタイトルと言ったら「第4回定期演奏会」みたいなやつですもの。
しかし、そこはトラオムらしく「普通って何だ?」というところから考えてみるわけです。
実のところ、トラオム祝祭管弦楽団は今までの演奏会でも「第●回定期演奏会」と名乗ったことはありません。
その理由は2つありまして、一つ目は常設のオーケストラではなく企画ごとに奏者を集める「祝祭管弦楽団」の形態を採っているため「定期演奏会」という概念がそもそもないということ。もう一つの理由は、「第●回」という数字をつけると5回とか10回といった区切りの時に特別な気合いが入るのが嫌だからということです。4回目だろうと9回目だろうと特別な意気込みで臨みたいですし、5回目や10回目だからといっていつもと違うことをしちゃいけないなんてことはありません。
そんなちょっとしたこだわりから毎回何かしらのタイトルをつけて演奏会を開いてきたのですが、今回はタイトルを決めるのが正直大変でした。ブラームスさんですからね!絶対音楽ですもの。「ヘンゼルとグレーテル」のような分かりやすい標題がない!
長いこと悩んだ末に決まった今回のタイトル。ポイントは「”らしさ”の探究」というところにあります。
今回メインで取り上げる交響曲第4番は、ブラームスの抱えていた葛藤が詰まっている曲なのではないかと私は感じています。ブラームスは批評家によって同時代に活躍したワーグナーと比較されて担ぎ上げられることが多く、革新派ワーグナーに対して保守派としてのイメージが当時から持たれていたようです。批評家からは「古臭い」とか「独創性がない」といった批判にさらされることもしばしば。
たしかにワーグナーのあまりにも型破りな様に比べたらブラームスは古典的な型にはまってるように見えるかもしれません。しかしブラームスは前の時代を生きたベートーヴェンを尊敬しつつも、古典派とは違った新しい作風を追求していました。ワーグナーともベートーヴェンとも違うブラームスらしさの探究です。
交響曲第4番はブラームス自身が非常に納得しているようで、”らしさ”を追求した末に辿り着いた傑作と言えるでしょう。今回のプログラムではブラームス自身が納得しておらず「自分らしくない」と評したとも言われている『大学祝典序曲』を合わせて取り上げます。傑作に辿り着く過程をお楽しみいただきたいと思います。
また、中曲として取り上げる『モルダウ』も”らしさ”を探求した末に生まれた作品だと言えるでしょう。モルダウ川(チェコ語名:ヴルタヴァ)が流れるチェコは長く神聖ローマ帝国の支配下に置かれた地域でした。スメタナが生きた時代は国民楽派が隆盛し、ヨーロッパ各地の国や地域でその地の民族的な要素を取り入れた曲が作曲されました。『モルダウ』はそんな時代におけるチェコ国民楽派の代表作とも言える存在です。まさにチェコらしさを追求した曲なのです。
こうした曲の背景について考えた結果
辿り着いた傑作
~”らしさ”の探究~
というタイトルになりました。
しかしそれだけではありません!このタイトルにはトラオム祝祭管弦楽団の現在地も反映しています。
前回フルオーケストラで演奏会を開いたのは3年前。その後コロナ禍に見舞われて長い間活動を停止していました。この3年という時間は実に多くの変化をもたらしました。以前は「学生主体のオーケストラ」だったトラオムですが、現在は半数以上が社会人となりました。社会の荒波に揉まれる者が多くなってきたのです。
また、嬉しいことに新しい仲間もたくさん迎えることができました。進学・就職を機に東海地方を離れる人がいた一方で、逆に東海地方にやってくる人もいたからでしょう。3年という時間は今までになく大規模なメンバーの入れ替えをもたらしています。
こうしたことを背景に起きているのが「価値観の変化」です。進学や就職は人の持つ価値観に対して大きな影響を及ぼします。特に社会人になって1~2年目というのは価値観の変化の大きい年なのではないかと思います。時にはそれまで「自分らしさ」だと思っていたことを否定されるような場面を経験することもあるでしょう。
また、新しい仲間を迎えるということは新しい価値観が吹き込まれるということです。それと同時に今まで楽団内で当たり前だと思っていたことが当たり前でないことに気づく機会だとも思います。新しく入った人に馴染んでもらおうとコミュニケーションを取るなかで気づく「トラオムらしさ」というのもあるのではないでしょうか。
このように演奏者個人や楽団全体を取り巻く変化が大きい中で歩みだしているのが今回の演奏会です。変化というのは新しい世界を見せてくれると同時に少なからず痛みを伴うものです。様々な変化に取り巻かれながら歩みを進めていく中で、
・それでも変わらなかったこと
・変わりかけていたけど「これだけは変えたくない」と強い意志をもって変えなかったこと
・変化してみてバチッとハマったこと
が今後の「トラオムらしさ」を形作っていくのだと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
来年の7月2日に向けてトラオム祝祭管弦楽団は”らしさ”を探究していきます。その姿をどうぞお見届けいただければ嬉しく思います。